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KENZOの歴代デザイナー/スタッフ一覧

 
日本人デザイナーの高田賢三氏が1960年代半ばに渡仏して
現地で修行を積んだのち、1970年代に立ち上げた
プレタポルテ専業ブランド「KENZO」。
 
1970年代・1980年代にパリコレのプレタポルテ部門最高ランクのブランドとして繁栄したのち、
1993年にLVMH傘下ブランドに。
しばらくは創業者が雇われデザイナーとして働いてましたが、
賢三氏が1999年に退任してからは何度もデザイナー交代劇が起きてきました。
 
このページでは、創業後退任後に様々な変化が起きてきたほか、
2022年になって20年以上ぶりに日本人がデザイナーに就任して話題になっている
KENZOの歴代デザイナー情報などをご紹介します。
 
 


 

KENZOの歴代デザイナー

 

高田賢三(1970年から1999年まで)

1939年生まれ。1970年代・1980年代にパリコレのプレタポルテの中心的デザイナーとして活躍。1990年前後に幾つかの災難に見舞われて経営が傾き、1993年にベルナール・アルノー率いるLVMHグループにブランドを売却。その後、6年間はデザイナーとして残っていたが、創立30年を前にした1999年秋に離脱

Gilles Rosier/ジル・ロジエ(2000から2003年/レディース)

創業者引退後、2000年から数年間に渡り、レディースコレクションのデザインを担当

ロイ・クライスベルグ/Roy Krejberg(メンズ)

詳しい時期は未確定ながら創業者離脱後にしばらくメンズコレクションを担当

アントニオ・マラス(2004年から2011年夏)

1961年生まれ。2004年春の2004AWからのデザイナーで2011年6月の2012SSメンズコレクションまで、男女両部門のデザイナーとして活躍

ウンベルト・リオン&キャロル・リム(2011年秋から2019年6月)

セレクトショップの「オープニングセレモニー」を立ち上げたアジア系男女デザイナーデュオ。2011年秋の2012ウィメンズから男女両部門を担当し、この時期にKENZOを若者受けするストリート系路線にシフトさせ、若者人気アップに大きく貢献。のちにパリコレに関してはメンズ部門にて男女混合ショーを開催する形に切り替えた。KENZO離脱後はオープニングセレモニーの事業に専念

フェリペ・オリヴェイラ・バティスタ(2019年夏から2021年)

あまり目立った結果を残す事なく、2年程度で退任。KENZOに来るまではラコステのディレクターとして活躍してきた

NIGO(2022年から)

1970年生まれ。創業イヤーとなる1970年に誕生したストリート系の日本人デザイナー。そして、高田賢三からすると文化服装学院の後輩となる。

 
高田賢三に続いて、ブランドに大きく貢献してきたといえるのは、

  • アントニオ・マラス
  • ウンベルト・リオン&キャロル・リム

の2人(2組)。
 
 
なお、マラス氏が就任してからしばらく、
メンズコレクションについてはデザインチームが担当していた時期がある模様。
その他、2000年代半ばのメンズ部門に関しては情報が極めて少ないため、
新たな情報が発覚したら情報を更新させてもらう場合があります。
 
 
各デザイナーの過去コレクションが見られるアーカイブ
https://www.vogue.com/fashion-shows/designer/kenzo
 
 
 


 
 

KENZOの主なOB・OG情報

 
 

ジャン・トゥイトゥ

「アーペーセー(A.P.C)」創業者。

佐々木勉

創業者が在籍していた頃、長きに渡って創業者の右腕として活躍し続けてきた功労者

入江末男

パリで活躍する「IRIE」ブランドのデザイナー。創業期のKENZOにて中心的スタッフの1人として活躍したのち、独立して1980年代に自身のブランドを立ち上げた。

小篠ゆま

KENZOのライバルであるコシノジュンコの姪っ子に当たる人物。具体的にはジュンコの姉であるコシノヒロコの娘で文化服装学院を卒業したのち渡仏し、一時期KENZOスタッフとして勤務していた

 
 
 
 
 

 
 

 


 
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