ユベール・ド・ジバンシィ(Hubert De Givenchy)

 
 
参考文献
GIVENCHY公式サイト内のHIstory
その他、国内外の公式的な資料参考
 


 

生い立ち/初期のキャリア

 
 
1927年生まれ
出身=フランス・ボーヴェ
国籍=フランス
性別=男性
 
 
フランス北部エリアのボーヴェ(Beauvais)という地域で生まれたのち、
17歳の頃にポーヴェの100km弱南に位置するフランスの首都・パリに渡る。
 
そして、パリの国立美術学校にてデザインを学ぶ。
その後、針の老舗ブランド・スキャパレリ入りして
同ブランドのアーティスティック・ディレクターとして活動。
 
 
 

自身のブランドを設立

 
スキャパレリ勤務を経て、
1952年には自らのファミリーネームを冠したシグネチャーブランド
「GIVENCHY」を立ち上げる。
 
その直後となる1953年には、当時人気沸騰中であった
女優のオードリー・ヘップバーンと出会い、
同年公開の映画「麗しのサブリナ」にて彼女の衣装を手掛けた。
この作品を通じて、世界に名を轟かせた。
 
その後もオードリーとの良好な関係は続き、
1961年公開の大ヒット映画「ティファニーで朝食を」などの衣装を手掛ける。
 
1970年代以降はパリにてデザイナーとして一段と成功し、
自らのブランドを世界最高ランクのブランドの一つへと押し上げた。
 
1988年にはルイヴィトンを中心としたコングロマリット
LVMH(モネヘネシー・ルイヴィトン)
が次々にブランド買収を続ける中で、同社にブランドを売却(譲渡)。
これにより、ジバンシィはLVMHグループ入り。
 
1995年にはLVMH入り以降も長く続けてきた
デザイナーとしてのキャリアにピリオドを打つ事を決め、
ジョン・ガリアーノにブランドを託してパリモード界から引退。
 
ジョン・ガリアーノはわずかな期間を経て退任してしまったが、
その後もA・マックイーン、リカルド・ティッシなどに継承され、
ジバンシィというブランドはさらなる発展を遂げた。
 
 
 
 
 

引退後の活動

 
1995年にデザイナーを引退してからは、
各地での講演活動・評論活動など幅広い活動を展開。
 
2010年代に入ってからも元気な姿が
ニュースを通じて世界中に伝わっていたが、
2018年3月にパリにて91歳で死去。
 
パリモード界の巨匠の死を告げるニュースは世界中を駆け巡った。
 
 
 
 
 

 

 
 
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