クリスチャン・ラクロワ(Christian Lacroix)
1951年生まれ
アフリカ大陸の南端に位置する南アフリカの出身。
1970年代前半にフランスのパリへ移住。
もともとは美術方面に進む事を考えていたが方向性を変え、
1978年からはパリの老舗高級ブランド「HERMES」にてアクセサリーデザイナーとして活動。
1981年には1914年創業の「Jean Patou」にヘッドデザイナーとして招かれ、
このブランドのトップとして6年間に渡って活躍。
1987年にPatouから独立すると自身の名を冠した
「クリスチャン・ラクロワ(Christian Lacroix)」
というブランドを立ち上げ、パリコレへの参加をスタート。
以降、パリコレのオートクチュール&プレタポルテ両部門において活躍し出す。
1990年代に入るとその人気・評価はどんどん高まっていき、
世界最高ランクのデザイナーの一人として扱われるまでになった。
2000年代に入ると、2002年にミラノコレクションブランド
「Emilio Pucci」
のクリエイティブ・ディレクターに就任し、
2002年秋の2003SSシーズンから2005年秋開催の2006SSまで
自身のブランドと併せてエミリオプッチも手掛ける多忙な日々を送った。
エミリオプッチのデザイナーを退任してからは
再び自身のシグネチャーブランドの仕事に専念し、精力的に活動。
しかし、2008年秋に起こったリーマンショック後の
世界的不況の流れの中でブランドはそのあおりを受け、
2009年春にブランドが破産申請をするまでになった。
それにより、プレタポルテとしては2009年3月開催の2009AWコレクション、
オートクチュールとしては破産申請後の2009年7月に開催された2009AWショーを最後に、自らがデザイナーとしてパリコレに参加する事はなくなった。
参考文献
クリスチャン・ラクロワ公式サイト
https://www.christian-lacroix.com/
(パリコレには参加していないが、現在もブランドは存在)
ラクロワのその後
ブランド離脱後、2010年代に入ってからは
あまり目立った活動をしていないものの、
例えば2019年にはスペイン系ファッションブランド
「Desigual」とのコラボなどを行っていた時期があり。
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