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ガブリエル・ココ・シャネル

 
参考文献
シャネル公式サイトなど
 


 
 

生誕から1939年まで

 
 
 
Gabrielle Chanel(Cocoは愛称)
生年月日=1883年8月19日生まれ
 
フランス西部のソーミュール(saumur)で1883年に誕生。
 
1910年、当時の恋人からの出資を受け、
パリのカンボン通りに「シャネル・モード」という
帽子店を開業する形でキャリアをスタートさせる。
 
1913年にはフランス北西部のリゾート地である
ドーヴィル(deauville)に2号店をオープンさせると、
リゾートにやってくる女性達の間でジャージ素材の動きやすい服が高い評価を受ける。
 
そこからは、香水(No.5/No.22)・コスメなど
次々に新たなビジネスを成功させ、
アパレル分野でも
ツイードジャケット(今でもブランドのキーアイテム)
リトルブラックドレス(シンプルさが特徴)
などのヒット作を生み出していき、
1920年代に入るとパリの女性達の憧れのデザイナー/女性に成りあがった。
 
1930年代に入ると海外に進出し、
ハリウッド映画の衣装制作などもてがけるようになる。
 
そして、1930年代半ばにデザイナーとして
絶頂期を迎え、メゾンは約4000人ものスタッフを抱えるほどだったが、
第二次世界大戦勃発を機に、1939年には大半の店を閉鎖して表舞台から姿を消した。
 
 
 

1954年の復帰から死まで

 
ジャージー素材の動きやすい作品で有名なココ・シャネルや
ライバルと言われたポール・ポワレは
第二次大戦前の時期に女性を堅苦しいコルセットから解放する事に大きく貢献した。
 
しかし、ココが表舞台から姿を消し、
戦争も終わって再び平和な時代がやってくると、
クリスチャン・ディオールという新人デザイナーが
時代の流れに逆行する堅苦しいデザインの作品を発表して大きな反響を得るようになった。
 
そんな中、ココは長いブランクを経てパリモード界に復帰する決意をし、
1954年に活動を再開させた。
 
復帰直後は時代遅れと酷評を去れたものの
その後、再び高い評価を受けるようになり、晩年まで現役スタッフとして働く。
 
なお、日本の国際的ファッションデザイナーの草分け的存在である
森英恵は1970年代初めに長期のパリ旅行をした際に
パリのシャネル店舗にてココに会ったほか
直属のスタッフの手によってオートクチュールのシャネルスーツを
作ってもらったという話は日本で有名。
 
死ぬ直前まで働いていたココだったが、
1971年1月にパリで死去し、87年の人生に幕を下ろした。
 
 
その後、カール・ラガーフェルドの手によって
ブランドはさらなる成長をとげ、創業者のココに対する
世界中の人々からの関心度はどんどん上昇。
 
忘れさられるどころか21世紀に入ると
関連映画が公開されるなどブームが起こってきた。
 
 
 
 
 
 

 
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