ソニアリキエルの歴代デザイナー
ブランド「ソニアリキエル」とは?
赤紙/ボブヘアがトレードマークのパリジェンヌ、
ソニアリキエル氏が自身の妊娠を機に1961年に立ち上げた
ウィメンズプレタポルテ(既製服)系ブランド。
その後、1970年代からパリコレの既製服部門のトップブランドに。
子供服・香水ブランドとしても成功。
創業者が引退したのち業績不振に陥り、2019年に経営破綻。
2020年代以降、再建に向けて再始動中。
歴代デザイナー情報
2010年前後における創業者の娘、ナタリー・リキエルの詳しいポジションはあいまいながらフィナーレにデザイナーと共に姿を現すという意味で、クリエイティブ・ディレクターの上に立つ監修者のような立場だったと思われる。
ソニアリキエル(創業者) | 1930年生まれ。1960年代前半の創業からブランドを率い、1970年代からは日本の高田賢三などと共にパリコレのプレタポルテ部門を牽引する存在に。そして「ニットの女王」と称されるようになる。70代後半まで現役で活動したのち、2009年に引退。晩年はパーキンソンに苦しみ、2016年に86歳で死去 |
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ガブリエル・グレイス/Gabrielle Greiss 2007-2009 | セントマーチンズ出身。2004年頃からソニアリキエルでスタッフとして働きだし、3年後の2007年秋に同ブランドのクリエイティブディレクターに昇格して2008年2月の2008年秋でデビュー。ただし彼女の上に引退前のソニアが監修者として存在しているような状態であった。(この時期のショーにはソニアと娘のナタリーと並んでガブリエルが3人でフィナーレに登場)。このブランドでのキャリアは長く続かず、2009年春に退任。 |
2009-2011年夏:デザインチーム制? | ガブリエル退任後となるこの頃の公式情報は不明/あいまい。ナタリーがフィナーレにランウェイを姿を現していた |
エイプリル・クライトン/April Crichton | 2011年秋に新しいディレクターに就任。この時期はランウェイのフィナーレにてエイプリルとナタリーが登場。ただし約1年後の2012年秋に退任。ソニアリキエルでのキャリアは僅か1年に。 |
ジェラルド・ダ・コンセイソン/Geraldo da Conceicao | エイプリル退任後に就任した男性デザイナー(リキエルにとって初の男性デザイナー)。就任前はサンローランやルイヴィトン、ミュウミュウで働いていたエリート。2013年2月の2013-14秋冬コレクションでデビュー。2014秋冬まで3シーズン担当。 |
ジュリー・ドゥ・ルブラン/Julie de Libran | フランス生まれの女性デザイナー。PRADAやルイヴィトンで長く活躍したのち、2014年にコンセイソンの後継者として就任。そこから2019年春まで5年間活躍。 |
VOGUE RUNWAY ソニアリキエル歴代コレクション
https://www.vogue.com/fashion-shows/designer/sonia-rykiel
関連人物の経歴
ソニア・リキエル
ジュリー・ドゥ・ルブラン・・・・・リキエル退任後は自身のブランドを立ち上げてパリコレのオートクチュールデザイナーとして活躍
人気ブランドの歴代デザイナー/出身スタッフ一覧
[創業年度早い順]