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宮前義之(Yoshiyuki Miyamae)

 
 
■生年月日は?
1976年生まれ
 
宮前氏の顔写真(万人を魅了する愛くるしい笑顔がトレードマーク)

 
 

生い立ちから初期キャリア

 
 
東京都出身。
 
高校時代から世界的デザイナーの三宅一生氏から、
その高い才能を強く買われるようになる。
 
高校を出ると東京都心の文化服装学院に進学し、
1998年に同校のアパレルデザイン科を卒業。
 
2001年に三宅一生氏が経営する三宅デザイン事務所に入社すると、
三宅氏と藤原大氏(のちのISSEY MIYAKEデザイナー)を中心とした
1998年スタートの「A-POC(A Piece Of Cloth)」という
斬新なプロジェクトの企画チームのメンバーの1人として活動し始める。
 
5年間「A-POC」プロジェクトにかかわったのち、
2006年には滝沢直己氏の後継者として藤原大氏が新デザイナーに就任した
ISSEY MIYAKEの仕事に携わるようになった。
 
 
 

2011年から2019年までISSEY MIYAKEレディースのデザイナーとして活動

 
2011年に前任の藤原大氏がISSEY MIYAKEのデザイナー職から退任すると、
候補の中から創業者・三宅氏より直々に指名され、
35歳という若さでISSEY MIYAKEレディースの4代目デザイナーに就任。
 
そして、2011年秋の2012年春夏シーズンに
同ブランドのデザイナーとしてパリコレクションにデビューしたが、
そのデビューシーズンに関しては、TBS・MBS系のドキュメント番組
「情熱大陸」の取材が入り、2011年10月16日に初パリコレ密着の模様が放送された。
 
そのテレビ番組の影響により、一気に知名度が向上する。
 
また同番組の密着VTRにより創業者の三宅氏が
宮前氏の事をいかに高く評価しているかも明らかとなる。
 
イッセイミヤケのデザイナーとして大活躍する中、
国内の業界関係者から高い評価を受け、2014年秋には
その年に日本人デザイナーの中で最も活躍した人物に与えられる
「毎日ファッション大賞」のグランプリを受賞するまでに。
 
 

 
 
その後、2019年春の2019-20AWシーズンまで
ISSEY MIYAKEレディースのデザイナーとして約8年に渡って
活動を続けてきたが、このシーズンをもって退任。
 
宮前氏は1984年生まれの近藤悟史氏にデザイナー職を託し、
引き続きイッセイミヤケグループに残りながら、
2020年10月より横尾忠則氏(美術家)との新プロジェクト
「TADANORI YOKOO ISSEY MIYAKE」に関わっていく事に。
(横尾忠則氏は、1970年代からイッセイミヤケのショーの招待状をデザインしてきた歴史をもつ、ブランド側にとってゆかりの深い人物)
 
 
 

2021年に「A-POC ABLE」トップに就任

 
2021年に入り、イッセイミヤケグループが同年春に
「A-POC ABLE ISSEY MIYAKE(エイポック・エイブル)」
という、かつてのA-POCプロジェクトを発展させた
実験的な新ブランドを立ち上げると共に、
元A-POCスタッフである宮前義之氏が
同ブランドデザインチームのリーダーとして活動していく事を発表。
(その少し前に始動したTADANORI YAKOOのプロジェクトはA-POC ABLE内で展開されていく形に)
 
 

 
 
 
 

 

 
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