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永澤陽一(Yoichi Nagasawa)

 
参考文献
YOICHI NAGASAWA公式サイト
 
 


 
 

生い立ちからトキオクマガイ時代まで

 
 
1957年11月27日生まれ
京都府出身
 
三重県の高校在学中に洋服店で働き始めた中で
ファッションデザイナーを目指すようになり、
1978年に高校を卒業すると
名古屋モード学園(東京モード学園関連校)にて服作りを学ぶ。
なお、在学中に様々な事を学ぶ中で、
卒業したら日本ではなくパリで働きたいという想いをもつようになった。
 
 
1980年にモード学園を卒業するとパリで働くために渡仏し、
現地で就職先を探す中で熊谷登喜夫氏の現地の店で作品の素晴らしさに魅せられ、
このメゾンで働くために色々と動く中で、熊谷氏本人から能力の高さを認められ、
世界的日本人デザイナーの熊谷登喜夫氏が代表を務める現地法人、
TOKIO KUMAGAI ABC DESIGN入りを果たし、
熊谷氏や現地の精鋭のもとで経験を積み始める。
 
そんな中、1987年に師匠の熊谷登喜夫氏が若くして亡くなると、
トキオクマガイ各ブランドの2代目デザイナーに任命され、
パリと東京を行ったり来たりする超多忙な生活がスタート。
東京ではトキオクマガイブランドにて東京コレクションに参加。
 
しかし、超多忙な生活な中で心身に支障をきたすようになり、
トキオクマガイ社から離脱。
 
 

1992年に自身のブランドを設立

 
1991年に独立してスチル(STIL)という自身の会社を設立し、
翌1992年には「YOICHI NAGASAWA」といシグネチャーブランドを立ち上げ、
東京コレクションにデビュー。
 
一方、「無印良品」の衣料品外部デザイナーとしても活動し出した。
 
転機となった1992年には早くも国内の最優秀若手デザイナーに贈られる
毎日ファッション大賞の新人賞を受賞した事で、メディアから大きな注目を浴びた。
 
さらに1993年には「NO CONCEPT BUT GOOD SENSE」という
2つ目のブランドも立ち上げた。
 
 
 

1996年にパリコレデビュー

 
 
東京コレクションの中心的デザイナーへと成長し、
無印良品の衣料事業の規模拡大に大きく貢献した永澤氏は、
1996年に東京コレクションからステップアップし、
パリコレクションにデビュー。
 
以後、約10年間に渡ってパリコレにおいて
山本耀司・川久保玲などと共に活躍することになるが、
2004年には毎日ファッション大賞のグランプリを受賞し、
過去の偉大な受賞者たちと肩を並べるまでになった。
 
 
 

2010年代以降

 
 
2000年代の終わり頃からはパリコレにも東京コレクションにも参加しなくなり、
2010年代からは国内アパレル企業との協業で多忙な生活をおくる日々に。
 
また2017年には金沢美術工芸大学の名誉客員教授に就任するなど
還暦を迎えてからは指導者・教員としても活躍。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 

 


 
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