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松田光弘(Mitsuhiro Matsuda)

 
 
参考文献
ニコル公式サイト/SNSアカウント
 


 


生い立ちから1964年の渡仏まで

 
生年月日=1934年4月2日生まれ
東京都出身
 
東京都心の早稲田大学を卒業後、
1950年代後半になってようやく男子学生を受け入れ始めた
文化服装学院(新宿駅西口エリア)のデザイン科に入学。
 
そこで5つくらい年が離れた高田賢三やコシノジュンコ、
そして金子功、黒田明子といった精鋭たちと共に
文化服装学院において、良いライバル関係の中で勉強を共にした。
(彼ら精鋭の事を「花の9期生」と呼ぶ)
 
卒業後は某企業で働いたのち、
1964年、文化服装学院時代の同級生である高田賢三と共に、飛行機ではなく船を利用して世界一のファッションの都・パリに向かう。
長い船旅を経てパリに辿り着いた松田氏と高田氏は、
服飾文化が進んだパリにおいて様々な事に圧倒された。
 
 
 

パリからの帰国後

 
 
松田氏と高田氏のパリ旅は当初約半年の予定であった。
そんな中、パリに残って現地で勝負したいと思った
高田氏は日本に帰らず、なんとかパリでやっていく決意をしたが、
松田氏は予定通り帰国し、2年後の1967年3月にニコルを創業。
そして同月に「NICOLE」という名前のブティックをオープンさせ、
独立したデザイナーとして本格的な活動をスタート。
(運営組織が株式会社ニコルになったのは1971年の事)
 
1970年代以降は自身や部下によって

  • ムッシュ・ニコル
  • マダム・ニコル
  • ZELDA

など、多数のデザイナーズブランドを立ち上げる。
 
 
1974年には東京コレクションの旧運営組織・TD6のメンバーに名を連ね、
1970年代半ばから金子功・菊池武夫・山本寛斎などと
同じ時期に日本国内で大規模なショーを開催するようになったほか、
1980年代にはDCブランドブームのけん引役となった。
 
なお、松田氏は多数あるブランドの中で、
1976年に立ち上げた「マダム・ニコル(MADAME NICOLE)」のデザイナーとして
日本で開催される東京コレクションに定期参加。
 
その他、1980年代以降は海外進出も本格化し、
1982年にはアメリカのNYに「MATSUDA」というブティック、
1987年にはパリに「MATSUDA PARIS」というブティックをオープンさせた。
 
 
その後、東京コレクションから引退し、
裏方としてニコル社を支えてきたが、2008年5月に癌によって死去。
74年の人生に幕を下ろした。
 
 
 

 
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