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コシノアヤコ(小篠綾子)

 
 
 

生年月日/生まれ年は?

1913年生まれ

出生地

兵庫県加西市

子供

長女=コシノヒロコ

次女=コシノジュンコ

三女=コシノミチコ

 
 

生い立ちから「コシノ洋装店」立ち上げまで

 
兵庫県加西市にて1913年に誕生。
ほどなくして大阪市南部の岸和田市に移住し、
現地で呉服商を営む一家の娘として育つ。
 
家業が呉服商という背景がありながら、
自身は呉服ではなくライバル的な存在で将来性も感じる
洋装に惹かれるようになっていき、
10代後半からは洋装の仕事の修行をはじめるようになった。
 
その後、家族との軋轢を経て若干21歳で「コシノ洋装店」を立ち上げ、
1930年代半ばからオートクチュール系デザイナーとしての活動をスタート。
私生活では1935年に結婚し、1937年から1943年にかけて3人の子宝に恵まれた。
 
ただし、最愛の夫で戦死するという悲劇に見舞われた。
 
 
「コシノ洋装店」は関西・近畿地域にほとんど
オートクチュールの洋装店が存在しなかった中、
綾子氏の卓越した才能を武器に大阪から和歌山まで
幅広い地域からの顧客を抱える繁盛店へと成長。
 
 
 

1987年に自身のブランド「AYAKO KOSHINO」を設立

 
 
母・アヤコの高い技術を目の当たりにしながら育った娘は、
1970年代から国内を経て海外でも活躍する存在に。
 
そんな中、自身の名を冠したブランドを立ち上げて
自身もハイファッションデザイナーとして本格的に勝負してみたい
という気持ちをもつようになり、
1987年には「AYAKO KOSHINO」という高齢女性ターゲットのブランドを立ち上げた。
 
1993年に80歳を迎えてからもデザイナーとして第一線で活躍していたが、
2006年に92歳で死去。
 
 
 

2011年・2012年に脚光を浴びる

 
 
ファッションデザイナーとして東京コレクションや
パリコレクションで活躍していたわけではなかったため、
3人の娘と比べると無名の存在であったが、
生前からNHKに自身をモデルにした朝ドラを作ってほしいと思っていたところ、
死後の2011年に本当に自身をモデルにした朝ドラが制作される事になり、
2011年秋から2012年春にかけて「カーネーション」という
ドラマが毎日放送された事で、日本国民誰もが知る存在となった。
 
 
 

評価

 

  • 国内メディアでは「日本のオートクチュール・デザイナーの先駆け的な存在」という扱われ方
  • 娘たちから技術の高さを絶賛されており、若い頃から自身の名を冠したブランドを立ち上げて活動していたら、世界的なデザイナーになれたであろうと評価されている。

 
 
 
 
 


 
 
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