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入江末男(Sueo Irie)

 
主な参考文献
ヒロココシノ公式サイト
 
 


 
 
入江氏の顔写真

 
 
 
1960年代に、大阪の心斎橋にあるコシノヒロコのアトリエにて
スタッフとして数年間に渡り、修業を積む。
 
その後、1970年春にアジアと欧州を結ぶ「シベリア鉄道」に乗車して渡仏すると、
その頃にパリにてJungle Japという店を開いたばかりの高田賢三と出会う。
(高田賢三はコシノヒロコと同じく文化服装学院出身で、ヒロコの妹であるジュンコは賢三の同級生・親友という縁がある)
 
その後、しばらくしてKENZOのスタッフとして働きだし、
約10年間に渡り、高田賢三氏をアシスタントとして支え続けた
 
 
KENZOを経てフリーのデザイナーとなり、
1980年からは「スタジオV」のデザイナーとして数年間活動。
 
その他、1980年前半には、
KENZO時代の同僚でのちにA.P.C設立する事となる
ジャン・トゥイトゥ氏とニューヨークでビジネスをしていた時期があり。
 
1983年、遂に自身のブランド「Irie」を立ち上げ、パリに店をオープン。
以降、地道にブランドを発展させ続け、不定期でパリコレにも小規模参加してきた歴史をもつ。
そんなIRIEブランドは日本での知名度こそそんなに高いとは言えないものの、
パリにおいては絶大な支持を得ており、あのカトリーヌ・ドヌーヴなどにも愛用されている。
 
2000年にはデイリーウェア「IRIE WASH」もスタート。
 
パリにおける長年の働きぶりが高く評価され、
2016年にはフランス文化勲章「シュバリエ」を受勲
 
日本でも不定期でコレクション発表を行っている。
 
パリコレでは意識的に大規模なショーは開催しないスタイルをとってきたため、
日本の雑誌でIRIEのパリコレの事が大きく報道されるような事はなく、
一般層の間ではそんなに知名度が高くないと言われるが、
業界内では最も成功したアルチザン系(小さな工場の職人系)日本人デザイナーの一人として扱われている。
 
 
 


 
 
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