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丸山敬太(Keita Maruyama)

 
 

生い立ちからキャトルセゾン時代

 
 
1965年3月4日生まれ
 
東京都出身。
プロのアスリートであった父のもと、
1965年春に東京都心の渋谷区の原宿エリアで育つ。
 
子供の頃は絵を描くのが好きな少年で、
第二次大戦後からファッション系のテラスと分野で活躍する
中原淳一氏に強い憧れを抱いていた。
 
原宿エリアの急速な発展と共に
DCブランドの直営店などがすぐ近くにどんどん増えていく環境の中で
青春時代を過ごすうち、
1970年代半ばからパリで世界的デザイナーとして活躍する
高田賢三氏の存在を知り、ファッションデザイナーを志すようになった。
 
そして、高校を卒業すると高田賢三氏の母校として有名な
西新宿エリアの文化服装学院に進学し、
賢三氏の恩師としても知られる小池千枝氏のもと、
ファッションデザインの基礎や高等技術を学ぶ。
 
 
1986年に同校を卒業すると
もともとの夢であったパリのKENZOで働くという夢を実現させるために渡仏。
小池千枝氏の仲介により、賢三氏と交流を持つ事に成功したが、
賢三氏からまずは国内でキャリアを積む事を勧められたため帰国し、
その年の秋にビギグループに属していたキャトルセゾンという国内企業に入社。
そして、大西厚樹氏が立ち上げたATSUKI ONISHIのスタッフとして活動。
 
 
4年間キャトルセゾンでキャリアを積んだのち
退社・独立してフリーのデザイナーとして活動する中で、
ドリカムことDreams come trueの衣装制作の仕事を手がけるようになり、
業界内でまず衣装デザイナーとして成功した。
 
 
 
 

自身のブランドにて東京コレクションで活躍

 
 
ドリカムの衣装デザイナーとして有名になった丸山氏は
3年間に渡るフリーのデザイナー生活を経て
1993年にパリコレに出る事を目標として
「KEITA MARUYAMA TOKYO PARIS」
という自身のブランドを立ち上げ、
1994年春の1994-95AWシーズンに東京コレクションデビュー。
 
ショーには、のちにミューズとなる田辺あゆみのほか、
市川実和子など多数のトップモデルが出演し、
一躍、東京コレクションの中でも特に注目度が高いブランドとなった。
 
そんな中、1996年には毎日ファッション大賞の新人賞を受賞し、
さらに注目度が上昇。
 
 
 

1997年にパリコレデビュー

 
 
東京コレクションでトップまで上り詰めた丸山氏は
3年が経過した1997年にブランド立ち上げ当初からの夢であった
パリコレ進出を決め、30代前半の若さでパリコレ(プレタポルテ)にデビュー。
 
1999年に高田賢三氏がKENZOブランドを去るまでは
憧れの高田賢三氏と同じ土俵にて世界的デザイナーとして活躍。
 
パリコレデビューの翌年にはFEC賞にてデザイナー賞を受賞し、
さらに評価を高めた。
 
2000年代以降、パリコレにおいてさらに存在感を増していき、
現地の直営店も大成功させる。
 
 
 

2008年以降の活動

 
 
パリコレで10年間活躍したのち、
コレクション参加を休止してからは、
ビジネス面を藤巻幸夫氏に任せて自身はデザイン業務に専念。
 
2010年前後には東京コレクションに不定期参加し、
かつての国内ショー同様にたくさんのトップモデル達が登場するショーは
大きな注目を集めた。
 
 
2012年にはブランド名を「KEITA MARUYAMA」へと改称。
 
 
2010年代半ば以降も不定期で東京コレクションに参加しているほか、
JALの制服を手がけたりオンワードと協業するなど
国内にて幅広く活動。
 
 
 
 
 
 

 
 

 


 
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