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君島一郎/君島由紀子

 
 
 

君島一郎氏と由紀子氏のプロフィール

 
 
君島一郎=
埼玉県本庄市出身
作風に通じる上品でエレガントな反面と
豪快で破天荒な反面を持ちあわせるような人物であったと言われる
 
 


 
 
2人は共に1929年生まれ。
 
1951年(22歳の頃)に出会う。
一郎氏のほうは長野の建築系学校の出身で、
もともと建築デザイナーであった1950年代後半に服飾デザイナーへと転身。
 
そして、由希子氏とデザイナーとして行動を共にするようになる。
(一郎=デザイン担当/由希子=縫製担当)
 
1960年代からは東京都心にオートクチュールサロンを開設し、大規模な事業を展開。
1962年にはパリでのショーを開催。
 
1970年代後半パリコレからはパリコレに参加し始め、
パリコレ常連ブランドとなっていき、
1979年にはパリにブティックをオープン。
 
上品で華やかな作風で欧州圏でも高く評価され、
夫婦の中で表舞台に登場する一郎氏は世界的なデザイナーの1人に数えられるまでになった。
 
1985年に東京コレクションが発足すると、
パリコレだけでなく日本で開催される東京コレクションにも参加するようになる。
 
世界での一郎氏の地位はどんどん上がっていき、
1992年にはインドの国立服飾教育機関にて名誉教授に任命された。
 
1995年末には後継者として期待する次男の明氏が
トップ女優の吉川十和子(のちの君島十和子)氏と結婚し、その事が話題となる。
(明氏は由紀子氏の息子ではない)
 
パリコレや東京コレクションには1990年代半ばまで参加していたが、
1996年に君島一郎氏が急逝した事により、撤退。
 
 

一郎氏の死後

 
一郎氏が生きていた頃、JIMIJIMAブランドは
パリコレに参加する世界的なレディースブランドで、
たくさんのライセンス(名義貸し)ブランドも展開する巨大な存在であった。
 
そんな中、一郎氏の死後、

  • 正妻の由希子と長男
  • 愛人側の子供である次男の明&十和子(妻)

という2つの派閥の間で遺産相続問題が勃発。
 
死後に毎日報道されるワイドショーでのニュースを機に、
一郎&由希子夫妻というデュオは、業界人だけでなく国民の間で広く知られるようになった。
 
特に一郎氏の葬儀にて明氏が正妻側から
棺桶を担ぐ役割を担う事を拒否され、
マスコミの前でさの無念さを語る映像は繰り返し報道された。
 
メゾンの存続に注目が集まる中、
正妻の由希子氏は「YUKIKO KIMIJIMA」を立ち上げ、
21世紀に入ってもデザイナーとして長く活躍し続ける。
 
 
 
 

 
 

 


 
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