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栗野宏文(Hirofumi Kurino)

 
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栗野宏文さんの生い立ち

 
 
1953年生まれ。
アメリカ東海岸のニューヨーク出身。
 
幼少期にアメリカから日本に帰国してからは東京で育った歴史をもち、
世田谷区の小中高校を経て和光大学(人文学部芸術学科)に進学。
 
少年時代はファッションには興味はなく音楽をこよくなく愛する少年で、
特にビートルズを愛し、髪型を真似ていた。
しかし、ビートルズを真似した眺めの髪型を先生に注意されるうちに
大人や社会に対する反骨心が生まれ始め、高校時代には制服反対活動をする中で私服での登校を続けてきた。
(制服を着るのが嫌で私服登校を続ける中で、この時にファッションに対する興味をもつようになった)
 
和光大学在籍時は音楽好きが高じてレコード店でアルバイトとして働いており、
あまりの能力の高さから経営者より大学を卒業したら、そのまま就職してもらえるように頼まれる。
 
ただし、様々な事を考慮した結果、
一番好きな事を仕事にする事にためらいを感じて
2番目に好きなファッションに関連する事を仕事とする事を決め、
1977年に大学を卒業すると(株)スズヤに就職し、上野本店にてスタッフとして活動。
 
しかし1年半後の1978年には同社を退職して
当時はまだ黎明期であったセレクトショップ系企業のBEAMSへと移籍。
 
そして、このBEAMSにて重松理氏や設楽洋氏などと共に中心的スタッフとして11年間活躍。
具体的にはBEAMSの店長やバイイング業務・プレス業務などを経験した。
 
 

重松氏などと共にUAを立ち上げて独立

 
1980年代後半の日本はバブル期にあり、
BEAMSもモータースポーツのチームをもつなど
代表である設楽洋氏など一部派閥との方向性の違いが生じてきた。
 
そんな中、同じ志をもつ重松理氏などと共に、
株式会社ワールドのバックアップを受けた上でBEAMSから独立し、
1989年、新時代のセレクトショップを展開する
株式会社ユナイテッドアローズの創業に参画。
 
そして、重松氏などと共に短期間に間に
ユナイテッドアローズを古巣であるBEAMSと並ぶレベルの
国内最大級のセレクトショップチェーンへと育て上げた。
 
社内においては常務取締役という役職などとして活動していたが、
2008年にユナイテッドアローズから離脱。
 
 

2010年代以降の活動

 
 
ユナイテッドアローズを離れてフリーの身になってからは
ファッションジャーナリストとして
海外コレクションなどの取材活動などに励む生活となる。
(ユナイテッドアローズとして接点としては、
上級顧問クリエイティブディレクション担当というポジションで関わる)
 
また世界最大級の若手デザイナー向け賞である
LVMH PRIZEの外部審査員
17世紀に創立したアントワープ王立芸術アカデミーの卒業審査員まで任されるほどの存在に。
 
年々、世界の服飾業界での影響力を強めている。
 
 
 
 
 

 
 

 


 
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