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パトリツィオ・ベルテッリ(Patrizio Bertelli/PRADA)

 
 
生年月日=
不明(1940年代後半生まれ)
 
国籍=
イタリア
 
 

ミウッチャとの出会いから1990年代まで

 
 
もともとは自身で高級皮革系商品の会社を経営していた人物。
 
そんな彼は、1977年にPRADAグループの3代目にあたる
ミウッチャ・プラダと出会う。
そして、彼女との出会いから経営不振が続いていた
PRADAグループの経営に妻と共に深く参画するようになり、
1980年代にはPRADAというブランドをミウッチャと共に復活させた。
(結婚したのは1980年代後半の事だと言われる)
 
具体的には1979年に靴事業をスタートさせたほか、
1980年代半ばに皮革系ではなく
化学繊維のナイロン素材のバッグを大ヒットさせる。
また、1990年前後にはミウッチャではなくパトリツィオのアイデアにて
男女両部門の既製服(プレタポルテ)事業を立ち上げ、
PRADAを皮革ブランドから総合服飾系ブランドへと進化させる。
 
1993年にはミウッチャと共にプラダ財団を設立した。
 
 
 

2000年代に経営者としての評価がさらに上がる

 
 
2000年にはフィレンツェ大学から企業経済学の名誉学位がパトリツィオに与えられる。
 
2000年代以降も香水事業に進出するなど
PRADAのさらなる事業領域拡大を図り、グループの規模拡大に大きく貢献。
 
2006年にはミウッチャと共にアメリカの「TIME」誌において
"最も影響力がある100人"
に選出される。
 
2000年代後半には「プラダを着た悪魔」という映画が公開され、
この映画が世界的ヒットを記録した事で、
PRADAはシャネル、ルイヴィトン、エルメスといったパリ系ブランド、
GUCCIなどのミラノ系ブランドと並ぶ、世界最高ランクのブランドの地位をゆるぎないものとした。
 
 

2010年代以降

 
2011年にはプラダ・グループ(PRADA.s.p.a)を
アジア圏の香港証券取引所に上場させる。
 
事業領域拡大を重視するパトリツィオの存在がなかったら
PRADAは現在のような巨大なブランドにはなっていなかったかもしれず、
ブランドの歴史を語る上で欠かせない存在。
 
 
 

息子のロレンツォ・ベルテッリとは?

 
2人の息子のうちのロレンツォは、
もともとはラリー分野(モータースポーツ)のドライバー。
2010年代後半からPRADAのビジネスに深くかかわるようになり、
パトリツィオ&ミウッチャの後継者とも言われる。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 

 


 
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