井上隆太(Ryuta Inoue)
参考文献
パルグループHDの一般公開資料
肩書(2021年時点) | 株式会社パルグループホールディングス(代表取締役社長 |
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生年月日 | 1965年6月8日生まれ |
出身 | 兵庫県 |
学歴/出身校 | 関西学院大学 |
父親 | 井上英隆(パルグループ創業者) |
経営の特徴 | 末端の社員の意見も大事にするボトムアップの経営を遂行 |
生い立ちから帝人時代
関西弁が印象的なパルグループのカリスマ社長。
1965年春に兵庫県内に社長の息子として誕生。
父親はパルグループの前身である
株式会社スコッチ洋服店を1960年代初頭に立ち上げた井上英隆氏。
隆太氏が幼かった1973年、
父の英隆氏は(株)スコッチ洋服店からカジュアル部門を独立させ、
株式会社パルを設立して本科的にカジュアル事業に参入。
息子の隆太氏は家業を継ぐために英才教育を受けていたという事はなく、
若い頃はスボーツマンだったという歴史をもち、
中学校時代から大学時代までは長くテニス選手として活躍。
関西学院大学の商学部を卒業したのち、
1989年4月に大手繊維メーカーである帝人株式会社に入社。
帝人で社会人としてのマナー/スキルなどを徹底的に学んでいったが、
大企業の末端として働く中でなかなか思い通りにいかない事が多い中、
それであれば自分が一番上の立場(=社長)になり、
スピ―ディーに仕事をしたいと思うようになる。
そんな中、自分の父親が小さな会社の経営をしているという背景がある中、
帝人入社から約5年が経過したある日、
将来的に自分が会社を継ぐ事を前提にパルに入りたいという想いを告げたところ、
即決で入社が決まり、帝人を退職してパルに入る。
パル内での修行時代
パル入りしてすぐに社長を任されるという事はなかったが、
1995年5月に29歳という若さでパルの取締役に。
ただし、入社から約6年間はアパレル業界の事を学ぶため、
社内で社員として働く事はなく外部出向して様々な経験を積む。
外部で様々な経験を積んだのち2000年代初頭にパルへ帰還。
当初は「所詮は社長の息子」と冷ややかな目で社員達に見られていたものの、
外部出向時代に培ってきたノウハウやリーダーシップを武器に
与えられた役職にて次々に結果を出していく中で
長く働いてきたパルの先輩スタッフ達に認められる存在となり、
2007年3月にパルグループの専務取締役管理本部長/業務改革推進室長に就任。
2008年、2代目社長に就任
専務取締役を経て2008年5月、
当時の社長であり父親でもある創業者の英隆氏から社長職を引き継ぎ、
パルグループの2代目社長に就任。
一方で初代社長の英隆氏は会長に昇進して息子の経営を見守る立場となった。
社長就任後、持ち前の社員コントロールテクニックと
親譲りの優れた経営能力を駆使し、パルグループのさらなる規模拡大に大きく貢献してきた。
関連人物
- 井上英隆・・・・・パル創業者/実の父親
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