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井上英隆

 
 
参考文献
バルグループHD公式サイト内の公開資料
 
 

2021年時点の役職

株式会社パルグループホールディングス・代表取締役会長

公益財団法人パル井上財団・代表理事

生年月日

1935年9月13日生まれ

 
 
 

キャリア初期から1980年代まで

 
昭和10年の秋に誕生。
 
20代半ばであった1961年秋に株式会社スコッチ洋服店を設立し、
その会社の代表取締役社長となる。
 
私生活では1965年春、のちにパルグループ2代目社長となる英隆氏が誕生。
 
1973年10月、(株)スコッチ洋服店のカジュアル事業部門を分離し、
株式会社パルを新たに立ち上げ、その会社の社長にも就任。
 
大阪市中央区に本社を置いて本格的なカジュア衣料の小売り事業をスタートさせ、
まず堺市内のダイエー(GMS)にジーンズショップ「パル青山」を出店。
続いて1975年春には茨城市にパル2号店を出店。
 
 
1980年代に入ると経営の多角化がスタートし、
様々なグループ会社を設立して事業を拡大していき、
1988年代には東京に進出。
一方で、のちにグループの看板ブランドとなっていく
CIAOPANICの1号店を大坂にオープンさせた。
 
 

1990年代から2008年の社長交代まで

 
 
1990年代に入るとさらに事業が拡大していくと共に、
ビジネスモデルを従来の小売りスタイルから、
自分達で企画して作って自分達の店で売るという
「S.P.A(エスビーエー)」スタイルにシフトしていった。
 
なお、1990年代半ばには、
大手繊維メーカーでの修行を経て息子の隆太氏がパルに入社。
しかし、のちに会社を引き継いでもらう事を考えていた息子が
アパレル業界の事を知らな過ぎたため、息子を外部企業に出向させた。
 
 
2001年12月にはパルグループをJASDAQ市場に上場させ、
2000年代に入ると関西地区だけでなく、
カリスマ経営者として広くその名を知られるようになっていった。
 
なお、当初はジャスダック市場に上場したパルはその後、
2004年に東証2部に昇格、その2年後の2006年には東証1部昇格を果たしている。
 
 
創業者の命令で外部出向していた息子の隆太氏は6年の修行を経て
2001年にようやくパルグループに復帰。
 
外部企業で実力をつけた息子の隆太氏は社内で次々に結果を残し、
2007年には会社の専務に就任。
 
そして、創業者は息子に社長職を譲る事を決める。
 
 

会長就任後も実質的なパルグループのTOPとして活躍

 
 
2008年5月に社長職を息子に譲った英隆氏は、
グループ内で社長から会長というポジションに移行し、経営を総合的に監修する立場に。
 
2013年にはファッション産業に有能な人材の育成を目的とした
公益財団法人パル井上財団を立ち上げ、その代表理事としても活動。
 
2016年パルグループが持ち株会社制に移行してからも
持ち株会社の会長職に留まり、実質的なトップとして活躍
(会社の中には、実質的に経営にほとんど関わらない会長も存在)
 
それを表すように2021年時点でもパルグループの公式サイトでは
「経営理念」のページに登場し、パルグループにとっての大事な経営理念を文章で語っている。
 
 
 


 
関連人物

  • 井上隆太
  • 柳井正・・・・・井上氏同様にカジュアルSPA事業を一代で大きく成功させた人物

 
 
 
 
 
 
 

 

 

 


 
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