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玉塚元一(Genichi Tamatsuka)

 
1998年から2005年まで柳井正氏の片腕として澤田貴司氏や柚木治氏などと共に
ユニクロ事業を支えたアパレル業界におけるレジェンド経営者
 
 

玉塚元一氏のプロフィール

 
 
1962年生まれ
東京都出身
 
<旭硝子/日本IBM時代>
 
幼稚園時代から一貫して慶応大学の期間にて教育を受け、
高校を卒業するとエスカレーター式で慶應義塾大学に入学。
同校ではラグビー部に所属し、ラガーマンとして活躍していた。
(ちなみにのちにFR入りのキーパーソンとなる澤田氏も、
慶応同様の名門私立大学である上智大学にてアメフト選手だった)
 
大学を卒業すると1985年に旭硝子という会社に就職し、
その後、日本IBMへと移籍する。
 
そして、日本IBMに在籍していた1998年当時、
ファーストリテイリングに対してある提案を行いに来た。
その時に澤田氏から様々なアドバイスを受け、
澤田氏の紹介で会う事になった柳井正氏に気に入られた事で
1998年秋にファーストリテイリングに入社する事となる。
 
 
 


 
<FR時代>
 
1998年秋のユニクロ東京・原宿店オープンの時期に
ファーストリテイリング入りすると、
FR入りのきっかけとなった副社長の沢田貴司氏や、
のちにGU社長として活躍する事になる柚木治氏などと共に
会社トップである柳井正のもとで大活躍し、
後継者候補の1人として期待される事になる。
 
そして、2002年には社長第一候補の澤田氏が柳井氏からの
2代目社長就任要請を断って退社した中で白羽の矢が立ち、
当時まだ40歳になる年であった若き玉塚氏がFR社長に就任
社長の柳井氏は会長として会社を見守る事になった。
 
その後、しばらくは会社の経営がうまくいき
柳井会長からも合格点を与えられていたが、
アパレル業界におけるキャリアがそんなに長くない中で
次第に柳井氏からの評価が下がっていき、
そんな中で同社の社長を退任する事に。
(それにより、柳井会長は社長業に復帰する事となる)
 
 
 


 
 
<FR離脱後>
 
FRの社長を辞任する事を決めた玉塚氏は
まずFR入りのきっかけとなった澤田氏に電話でFR退社を報告。
すると一緒に事業をする事を提案され、
2005年に澤田氏と共にリヴァンプという事業支援会社を設立する。
 
そして、経営不振が続いていたロッテリアをV字回復させた事、
外資系ドーナツ店・クリスピークリームドーナツの日本事業の
大成功に大きく貢献した事により、メディアから高い評価を受けるようになる。
 
そんな中、2010年にはコンビニ大手のローソン入りし、
同社トップの新浪剛史氏の片腕として活躍し、次期社長候補に。
2014年には新浪氏に代わって同社の社長に就任し、
2016年には会長に昇進した。
 
 
ローソントップトップとして成功した中、
新たなチャレンジをするべく2017年にローソンを離脱し、
ハーツユナイテッドグループというIT関連会社の社長に就任した。
 
 
 
 
 

 
 

 


 
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