石津謙介

 

 

読み方=いしづけんすけ

生年月日=1911年(明治44年)10月20日

 

明治時代末期に岡山県内にて、紙問屋の息子として誕生。

 

その後、上京して明治大学に進むが一度実家に戻り、

21歳の若さで若くして実家の紙問屋を継いだ。

しかし、第二次大戦中の様々な規制により廃業を余儀なくされ、

1939年に家業を廃業する。

 

 

第二次大戦後は、1947年にアパレルメーカー・レナウンに入社。

そしてレナウン社員として関西や関東で働いた。

 

1951年にはレナウンから独立して大阪で石津商店を立ち上げる。

その数年後には大阪から東京に進出。

 

1950年代後半には自身が創刊した

「男の服装」

という雑誌にて"アイビー・ルック"を特集。

 

自身が創設したアイビールック系ブランド

「VAN(ヴァン)」

は東京の若者の間で大流行し、石津謙介は若者のカリスマとなっていく。

なお、1960年代前半に銀座のみゆき通りにて

アイビールックの服装でたむろっていた若者たちは"みゆき族"と称された。

 

その後、VANの人気はますます上昇し、

1970年代に入ると石津謙介は札幌五輪の開会式ユニフォームをデザインするなど

実業家としてだけでなくデザイナーとしても大きく飛躍。

 

 

しかし、1970年代にオイルショックが起きると

会社の業績は一気に傾き、1978年に会社は倒産した。

 

 

VANから離れてからはファッション業界や出版業界の中で

幅広く活動し、2005年に亡くなるまで第一線で活躍し続けた。

 

 

 

[注記]

一度倒産したVANはその後、復活し幅広い層の間で人気。