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グレース・ケリー(Grace Kelly)

 
 

生年月日

1928年11月12日生まれ 

出身地

アメリカ

 
 
 

アメリカでの女優時代

 
1920年代後半にアメリカ東部のペンシルヴァニア州にて誕生した女性。
 
20代前半であった1951年に女優デビュー。
 
1954年、「ホワイト・クリスマス」で有名なビング・クロスビーなどと共に
映画「喝采」に出演し、第27回アカデミー賞(アメリカ)では
見事に主演女優を受賞し、20代半ばにして押しも押されぬアメリカのトップ女優へと昇りつめた。
 
その後、「カンヌ映画祭」に出席するために
フランスを訪れていた頃、1949年に即位したモナコ公国のレーニエ大公(国王)と出会い、
互いに心惹かれる存在となる。
 
そんな中、モナコのレーニエ大公は海を渡って
グレース・ケリーにプロポーズして婚約。
 
1956年4月にスピード結婚が実現し、女優からモナコ公国王妃へと転身した。
 
 
 

HERMES「ケリー」の誕生

 
 
ケリーが嫁いだモナコ公国とは地中海に面した小さな国で、
周囲をフランス国土が囲む。
 
そんなフランスの最高級ブランドであるHERMESにおいて
エミール・エルメスの娘婿として1930年代に新社長となった
ロベール・デュマは、社長に就任してから台形型の大きなバッグをデザイン。
 
ケリー王妃は結婚してから子供を授かったか、
妊娠中にマスコミから写真を撮られた際、
そのロベール・デュマがデザインした大型の台形バッグを
もって腹部を隠したと言われる。
 
グレース・ケリーが愛用する台形バッグとして有名になった中、
エルメス公式サイトによると1956年に「ケリー」が
正式名称として採用され、このモデルはエルメスの中でも特に人気が高い高級モデルとして定着。
 
 
 

1970年代半ばに森英恵をモナコに招待

 
 
日本のハイファッション界とのゆかりも深い人物で、
1970年代半ばには、当時アメリカ(ケリーの母国)のニューヨークにて活躍していた
日本人国際デザイナーの森英恵に対して、
是非、モナコにてあなたのショーを開催してほしいとオファー。
 
これを快諾した森英恵氏はモナコでのショーをきっかけとして
ヨーロッパに進出し、親交のあったピエール・カルダンの推薦で
日本人として初めてパリのオートクチュール協会の正会員として認められ、
その後、パリコレクションにおいて

  • オートクチュール
  • プレタポルテ

両部門にて活躍。
 
森氏が道を開拓し、
その後、コムデギャルソンやヨウジヤマモトなどの
日本人デザイナーがパリにて成功して世界的デザイナーへと羽ばたいていった。
 
 
 
 

1980年代前半に自動車事故で死去

 
1982年秋、娘のステファニー王女を乗せて
自動車を運転した際に脳梗塞を起こし、
それがきっかけで自動車事故に遭い、53歳という若さで死去。
 
 
なお、夫である国王・レーニエ3世は2005年に81歳で死去。
 
 
 
 


 
 
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