大内順子(Junko Ouchi)

生い立ち

 

 

 

テレビ東京でもともと放送されていて、

その後BSJAPANに移行したファッション通信という番組にて

おなじみのサングラスがトレードマークの人物。

 

 

1934年生まれ。

父の大内義郎氏の仕事の関係で中国の上海にて生まれた。

少女時代から容姿端麗な美女であった事で知られる。

 

高校を卒業すると東京の青山学院大学に進学した。

 

大学1年生の頃にあるパーティーでのちに結婚する事となる

男性から写真撮影のオファーを受け、

それがきっかけで大学生をしながら

ファッションモデルとしても活動するようになる。

一方、モデルになるきっかけを作った宮内氏と20歳で学生結婚。

 

 

 

その後も国内で大学生&主婦をしながら

雑誌分野のモデル活動を行い、

身長は160センチ台前半と決して高くはなかったが

そのうちショーのモデルにも挑戦するようになった。

しかし大学卒業と共にモデルはやめ、

大学時代に築きあげてきたコネクションをいかして

卒業後はライター業で活躍し始める。

 

 

 

 

 

交通事故を経て活動を再開

 

 

1950年代後半からは海外で仕事をする機会も増えていったが、

1960年のある日に交通事故で車のフロントガラスに顔を突っ込んでしまい、

それが原因で片目の視力を失う。

それが原因で、サングラスを常にかけるようになった。

 

 

しかし、その後1年足らずで活動を再開し、

ますます海外での仕事が増えていった。

そして海外のトップデザイナーへの取材活動をしていくうちに

上品で品格高い雰囲気を持つ彼女はあらゆる人から愛されるようになり、

ショーにはフロントローが用意されるなど世界的な地位が高まる中で、

ジャーナリストを自称するようになっていった。

(フロントローとは最前列席のこと)

 

 

1980年代からはテレビ東京系の地上波番組

「ファッション通信」

に携わるようになり、ナレーターとして番組に登場。

この番組の存在によって幅広い人達からその名を知られるようになった。

 

 

21世紀に入っても現役ジャーナリストとして

長く活躍していたが、2014年秋に80歳で死去。