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鬼塚喜八郎(Kihachiro Onitsuka)

 
参考文献
アシックス会社サイトの公開資料
 


 

生年月日

大正7年(1918年)5月29日生まれ

出身地

鳥取県

没年

2007年

創業事業

靴事業(バスケットボールシューズ)

 
 

 
 

靴から事業をスタート

 
大正時代中期に鳥取県で誕生。
 
1945年夏に第二次世界大戦が終結し、復員。
 
そして30代を迎えた1949年、神戸でアシックスの源流である鬼塚商会を創業。
同年中に資本金を用意して鬼塚株式会社を設立。
 
1950年代に入り、バスケットボールシューズの制作から事業をスタート。
 
続いて1953年からはマラソンシューズの制作事業に進出。
 
1954年には軽量で耐久性・耐水性共に優れるナイロン製シューズを開発し、
1950年代半ばからはバスケットボール・ゴルフ・登山など
自社が手がける様々な靴にナイロン材を採用していった。
 
つまり、この会社は靴事業がすべてのはじまり
 
 1960年代に入っても靴事業に特化して開発を続け、

  • バレーボール(当時、一世を風靡していた)
  • サッカー
  • 体操
  • レスリング
  • フェンシング
  • スキー

 
など、さらに様々な協議の靴事業に進出していき、
1964年の第一回東京五輪において、靴領域で沢山の選手をサポート。
それぞれの選手は五輪で大活躍し、鬼塚社の評価は急上昇。
 
1975年には、ヨーロッパの拠点として、ドイツに
「オニツカタイガーGmbH」という現地法人を設立。
この頃からオニツカ社は海外アスリートのサポートにも力を入れ出す。
 
 

1977年にアシックス誕生

 
 
海外進出が本格化する中、オニツカ株式会社は1997年、
株式会社ジィティオ(大阪で1949年に設立)
ジェレンク株式会社(福井で1952年に設立)
という2つのスポーツメーカーと対等合併し、
古代ギリシャ時代を言葉
「Anima Sana In Corpore Sano」
(意味=健全な身体に健全な精神があれかしと祈る)
の頭文字を由来として、株式会社アシックスを設立
 
ジェレンク株式会社の前身会社は生地に強い会社で、
合併以降はスポーツ衣料事業などにも進出。
 
1980年代に入ると欧州に続いてアメリカに進出し、
1981年にアシックスタイガーコーポレーションを設立。
 
 
その他、1980年代にはオーストラリアの現地法人も設立。
 
1982年には長女の婿である尾山基氏(義理の息子)が
商社勤務を経てアシックスに入社/移籍。
 
 
1988年には長年の功績が認められ、勲三等瑞宝章を受章するまでになる。
 
 

1992年からの会長時代/2007年に死去

 
アシックスを世界的なスポーツシューズメーカーへと育て上げたのち、
1992年には三原聖治氏を後継者に据え、自らは会長に退いた。
 
会長になってからは創業事業であるバスケの公共団体、
日本バスケットボール協会会長などとしても活動。
 
2007年秋、89歳で死去。
 
 


 
関連人物

  • 水野利八・・・・・同じく発祥のスポーツメーカーであるMIZUNO創業者
  • 尾山基・・・・・・2008年から2018年までのアシックス社長。鬼八郎氏の長女のダンナさんにあたる
  • 廣田康人・・・・・2018年からのアシックス社長

 
 
 

 

 

 
 
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