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仁野覚(Satoru Nino)

 
 
参考文献
エスモード公式サイト
 


 

ふりがな

にの・さとる

生年月日

1945年生まれ

出身

大阪府

2022年時点での役職

エスモードインターナショナル代表

 
顔写真

 
 

初期キャリア

 
終戦の年・昭和20年生まれ。
 
親はテーラー職人で、家の中で作業をするのを見てきた。
 
小さい頃から絵が好きでその道に進む事を目指し始め、 
大阪市立工芸高等学校というアート系の高校を経て
地元にある大阪芸術大学に入学し、引き続きアートを学んでいたが
ファッション・イラストに関する仕事がしたいと思うようになっていき、
大学を中退して1970年にフランスに渡り、
1841年創設の世界的な服飾教育機関のパリ校であるESMOD PARISに入学。
 
29歳を迎える1974年にESMOD PARISのデザイン科を卒業すると、
日本とフランスのファッション関連会社をつなぐ、ビジネスの仲介会社を設立。
 
1983年までパリ生活を続けた。
 
 

1984年にエスモード東京校設立

 
パリでビジネスマンで働いている中、
日本国内に世界のファッション業界で
渡り歩いていけるレベルの若者がいない事を危惧した仁野氏は
母校であるESMOD PARISに「日本校設立」の話を直談判。
 
その話が実って1984年にエスモードの海外初進出となる東京校
「ESMOD JAPON」の立ち上げに参画。
そして、1990年前後からTOGAの古田泰子など
多数の有能な人材を育成する事に成功。
 
1994年にはエスモードの大阪校も新設した。
 
 

2000年にエスモードグループ全体の6代目代表に

 
 
エスモードの日本分野の仕事で活躍する中、
2000年には世界各地のESMODを統括する組織
エスモード・インターナショナルの6代目代表に就任。
 
しかし、エスモードとは1840年代が起源という老舗。
 
日本とは洋服文化ができてから日が浅いほか、
服装も西洋を真似してきた歴史をもつといった背景がある中、
少し前まで和服しか着てこなかった東洋人がトップというのは,あまりにも特異な状況。
 
そのため、当初は各地のESMODのトップ達になかなか認められず苦しんだが
時が経つ事に各地首脳陣から認められる存在になっていき、
パリを拠点としてエスモードグループのトップとして活躍。
 
2020年代に入ってもエスモード・インターナショナルの代表として活動。
 
 
 
 

 

 

 
 
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