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青木拡憲(Hronori Aoki)

 
 
参考文献
AOKI HD公式サイト掲載の公開資料
 
 


 
 

生年月日

1938年9月23日生まれ

出身地

長野県

2021年時点での役職

AOKIホールディングス代表取締役会長

 
 

初期キャリア

 
昭和13年(1938年)秋、
長野県長野市南部の篠ノ井地域にて誕生。
生家は米穀商を営んでいた。
 
20歳を迎える1958年、長野市内にて個人事業の形で「洋服の青木」を開店。
若くして商売人としてのキャリアをスタートさせた。
 
創業から間もない1960年代前半は近くの村に
商品である背広を風呂敷に包んで売りに出かける外商を続けた。
 
その後、1965年にようやくAOKIグループの記念すべき1号店を
生まれ育った地域の篠ノ井駅前に出店。
 
1967年には会社の商号を「株式会社アオキ」へと改称。
 
1971年には長野駅の駅前エリアにも進出したほか、
仕入れ商品ではないオリジナル商品の開発も開始した。
 
1970年代前半に長野市内にて事業は急成長し、
1975年には長野石堂本社ビルが竣工された。
 
 

東京に進出した1970年代後半以降

 
 
長野で地盤を固めたのち、1977年には東京へ進出。
 
1979年には中国地方のライバル・青山商事が展開しているような
売り場面積の広い郊外型店舗の出店を開始。
 
1986年、本社を長野から横浜に移転。
 
大型店を通じて首都圏においても高い人気を獲得し、
1991年には郊外型の紳士服専門チェーン企業としては初めて、東証一部に上場。
 
 
 

1990年代後半から事業を多角化させる

 
 
1990年代前半のバブルを崩壊を経て
1990年代後半からは事業領域を多角化させていき、
まずはブライダル事業をスタート。
 
2000年代に入るとネットカフェ事業にも手を広げ、
2003年に「快活クラブ」の1号店を千葉・幕張にオープンさせた。
(その後、「快活クラブ」は国内屈指のチェーン店へと成長)
 
同じく2003年からは若い世代を対象とした
低価格ライン/業態の「ORIHICA」事業も開始し、本業分野の顧客園拡大にも成功。
 
 
2006年にはAOKIホールディングスへと商号変更。
 
 

2010年に社長職を息子に譲る

 
 
一代で会社を大企業へと育て上げたのち、
2010年6月には息子である青木彰宏さんに社長職を譲り、自身は会長に。
 
会長となってからも精力的な活動を続け、
2012年にはテレビ東京系の「カンブリア宮殿」に出演。
 
2014年秋には長年の功績が高く評価されて「紺綬褒章」を受章するまでになった。
 
 
ライバルの青山商事の創業者である青山五郎氏と並ぶ、
紳士服業界のリビングレジェンド。
 
 
 


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