キャンティ(CHIANTI)
参考文献
キャンティ公式サイト
https://www.chianti-1960.com/
書籍「キャンティ物語」
開店 | 1960年 |
---|---|
創業オーナー | 川添浩史(1913年生まれ) 川添梶子・・・・・浩史さんの再婚相手 |
分類 | イタリアンレストラン |
キャンティの歴史(1960年代)
終戦から15年が経過した昭和35年(1960年)、
六本木の外れに位置する飯倉片町交差点付近に本店がオープンしたイタリア料理店。
「ベビードール」という名前の高級ブテッィク(いまでいうところのセレクトショップ)を併設。
オーナーは、フランス・パリの大学で学んだのち日本で皇室関連の仕事などをしてきた川添浩史、
そして、戦後にイタリアでアート(彫刻)を学んだキャリアをもつ
"タンタン"こと川添梶子という夫妻。
(二人は日本語だけでなく英語などの外国語も操る)
都心にあるおしゃれな店「タンタン」は
まだイリアンレストランというものが日本で珍しかった時代、
深夜まで営業していた事も好影響となって
夜に活動し終えた芸能人の間で話題となつたほか、
本格イタリア料理で食べられる店として来日する世界的デザイナーの間で人気となる。
そして、オーナーの梶子氏が主体となって経営するブテッィク「ベビードール」も大繁盛。
彫刻家出身の梶子氏はグループサウンズメンバー達の衣装デザインなどもてがけはじめ、
デザイナー/スタイリスト的な側面をもちあわせる女性となった。
オーナー夫妻は条件のセレブ達と友達感覚で付き合っていて、
特にムッシュかまやつ・加賀まりこ・レーサーの福沢幸雄、
福沢の当時の彼女である国際的モデルの松田和子などとは親交があり、
毎日のように深夜・明け方まで共に遊んでいたと言われる。
1970年代以降のキャンティ
1970年前後の時期には、東京郊外の八王子生まれで
一世を風靡していたグループサウンズの追っかけをしていた荒井由実(1954年生まれ)は
10代半ばの頃に都心で梶子氏と出会い、
その才能を見抜いた梶子氏からかわいがられるようになった。
そして、当時中学生くらいだったものの、その頃からキャンティの常連に。
(ユーミンの実家である八王子駅の付近の呉服店からキャンティまでは、中央線などを利用して推定1時間半前後の所要時間がかかっていたと思われる)
1970年1月に浩史オーナーは死去。
また妻の梶子も若くして亡くなるが経営は引き継がれ、
その後も老舗イタリアンレストランとしてセレブ・一般人の間で人気を博してきた。
名物料理はスパゲッティ・バジリコ。
1994年にはキャンティの歴史や創業オーナーの事などを記した
ノンフィクション本「キャンティ物語」が出版される。
21世紀に入ると、1960年代の常連パリコレモデル・松田和子と、
その彼氏で若くして亡くなった福沢幸雄との恋模様を描いたBSテレビの特番が放送され、
より幅広い人々のキャンティの名が広まった。
キャンティの主な常連客
- 三島由紀夫
- 黒沢明
- イヴサンローラン
- フランク・シナトラ
- ムッシュかまやつ
- 沢田研二
- 加賀まりこ
- 福澤幸雄、
- 松田和子
- 岡本太郎・・・・パリで川添浩史オーナーと出会った芸術家
- 荒井由実(のちの松任谷由実)・・・・・1970年前後の最年少常連客と言われる
- 村上竜
- 林真理子
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