角川歴彦(Tsuguhiko Kadokawa)
参考文献
KADOKAWAグループ : 社史
https://group.kadokawa.co.jp/company/history/01.html
よみかた | かどかわ・つぐひこ |
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生年月日 | 1943年9月1日 |
学歴/出身大学 | 早稲田大学 |
角川春樹との続柄 | 春樹氏は歴彦の実兄(歴彦氏は春樹氏の実弟) |
2022年時点の役職 | 株式会社KADOKAWA 取締役会長/会長執行役員 |
生い立ち/初期キャリア
第二次世界大戦中の1942年秋、
国文学研究者で俳人の父・角川源義の次男として誕生。
早稲田大学の政治経済学部を卒業したのち、
1966年に父が経営する角川書店に入社。
1973年には会社の取締役となる。
1975年に父が亡くなると長男の春樹氏が、角川書店の2代目社長に。
一方の次男・歴彦氏は専務に就任。
1992年6月には副社長に昇進するが、
僅か3カ月後の同年9月、不仲が噂されてきた兄・春樹氏から追放されるような形で副社長職を辞任し、角川書店を去る。
角川を去ってからは別会社を立ち上げ、その会社の経営を行っていた。
1993年に角川書店の社長となる
しかし1993年、兄の角川春樹が薬物問題で逮捕されるという事件が起き、
それを機に角川書店に復帰すると共に、
1993年秋、角川書店の3代目社長に就任。
(この時期に兄・春樹氏の右腕だった見城徹氏も角川を去る)
5年後の1998年には角川書店を株式公開企業へと導いた。
また
「ザテレビジョン」「東京ウォーカー」といった情報誌をヒットへと導く。
2003年に角川ホールディングスを設立し
その傘下に出版など各部門が置かれる持ち株会社形に移行させる。
その持ち株会社の初代社長に就任するが、
2005年には社長職から会長職へと移行。
2006年、会社名を「角川グループホールディングス」へと改称。
2013年、会社名(商号)を「株式会社KADOKAWA」へと再度改称。
2010年代に入ると電子書籍市場か伸びる中、
積極的なデジタル戦略も展開。
ドワンゴと経営統合して川上量生氏に会社を託す
またインターネット戦略も推進する中、
2014年秋、歴彦氏がその高い経営能力に注目してきた経営者・川上量生氏が創業した
インターネット企業・ドワンゴとの経営統合を発表し、話題になる。
(この時期に持株会社であるKADOKAWA・DWANGOも設立される)
持ち株会社に関しては
- 代表取締役会長=川上量生
- 代表取締役社長=佐藤辰男
- 角川歴彦=取締役相談役
という体制になり、自身は「相談役」という一歩引いたポジションに就き、
この時期からお気に入りの川上氏に経営を託した。
2015年春、川上会長と佐藤社長が入れ替わる形で
持ち株会社の社長に、川上氏が就任。
翌2015年秋、持株会社の「KADOKAWA・DWANGO」が
「カドカワ株式会社」へと商号を変更。
(商号変更後も川上氏がカドカワ株式会社・社長職に留任)
2017年、カドカワ株式会社において、
「(取締役)相談役」から「(取締役)会長」に復帰。
2019年には
持ち株会社「カドカワ株式会社」が商号を
「株式会社KADOKAWA」にまたまた変更するなど、
度重なる商号変更が起こってきたが、
2022年時点で歴彦氏は
持ち株会社「株式会社KADOKAWA」に取締役会長/会長執行役員という役職で在籍。
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